「ボトックスを打つと、妊活できなくなります。」
こんな話を聞いたことはありますか?これは少し語弊があるのですが、正確に言うと「すぐには妊活を始められなくなる」というのが本当のところです。そして、これは女性だけの話ではありません。今日は、多くの人が見落としているボトックスと妊活の関係について、薬剤師の視点からお伝えします。
ボトックスとは何か、改めておさらい
ボトックスとは、ボツリヌス菌が産生するタンパク質(ボツリヌストキシン)を精製・希釈した製剤のことです。神経と筋肉の接合部に作用し、筋肉の過剰な収縮を一時的に抑えることでシワを改善したり、エラ(咬筋)を細くしたりします。近年は食いしばりや多汗症の治療にも広く使われるようになり、女性だけでなく男性が施術を受けるケースも増えています。
日本の添付文書に明記されていること
これを知らずに使っている人が、思いのほか多い。
国内承認品の添付文書(ボトックスビスタなど)には、妊婦または妊娠している可能性がある方、そして授乳中の方への投与は禁忌と明記されています。さらに重要なのが、「最終投与後に月経が2回来るまでは避妊が必要」という記載です。これは妊活を始めたいなら、最後のボトックス施術から少なくとも2〜3ヶ月前には使用を止める必要があることを意味します。
なぜそこまでするのか。それは、ボツリヌストキシンが卵子や胎児の発育に与える影響が、ヒトにおいて完全には否定されていないからです。動物実験ではラットへの投与で胎児の体重減少や骨化数の減少、ウサギでは流産や胎児奇形が報告されています。これはあくまで動物実験のデータであり、ヒトの美容医療で使う量はその何十分の一以下ですが、「安全と完全に言い切れる根拠がない」以上、添付文書は慎重な基準を設けています。
男性も例外ではない
ここが、まだあまり知られていない部分です。
男性もボトックス施術後は3ヶ月間の避妊が推奨されています。精子への影響が完全には否定できないためです。エラや食いしばり、多汗症・肩こりの改善目的でボトックスを受ける男性が増えている今、このことを知らないカップルは少なくありません。
「自分は関係ない」ではなく、ボトックスはカップルふたりで考えるべき問題です。
30〜40代という「重なり」に注意して
シワや輪郭が気になり始める年齢と、妊活を真剣に考える年齢は、30〜40代でちょうど重なります。知らないまま施術を続けて、いざ妊活というタイミングで「すぐに始められない」と気づく——そういうケースは実際にあります。
「知って選ぶ」ことが大切
ボトックスが悪いわけではありません。適切なタイミングで、適切な量を使えば、十分に安全性が高い施術です。
ただ、美容医療は「効くかどうか」だけで選ぶものではないと私は思っています。今の自分のライフプランに合っているかどうか。それを判断するために必要な情報が、きちんと届いていないことが問題なのです。
妊活を考え始めたら、クリニックでのカウンセリング時に必ず申告すること。そして、パートナーにも同じ情報を共有すること。それだけで、後悔を防ぐことができます。

